美園のレジェンド、豊平区のレジェンドと言われたお店。特別な一杯を提供し続けてきたラーメン店


札幌市営地下鉄東豊線、美園駅から徒歩4~5分のところにその店はある。

11時開店の店。下の写真は開店後のものだけど、初めての方はちょっと緊張する店構えかもしれない

テント張りの庇はなくなってしまっている。店内も見えないのでお店の開店状況はのぼりと暖簾で判断する

本当に営業しているかどうかすら、ちょっと危うく見えるこの店こそが美園のラーメンの名店「味の清ちゃん」。この店舗になって40年以上らしいが、90を超えた女将さんはその前は屋台を引いてラーメン店をしていたとも聞く。そうなると40年どころではない歳月を札幌の地でラーメンと共に歩んだ、文字通りレジェンドのような存在。

勇気を出して店に入ってみると、そこには昭和からの懐かしいような店内風景が広がっており、お客さんも多く、女将さんも元気で(おそらく息子さん?と共に営業)、活気あるラーメン店。

サインや写真なども所狭しと並んでいる

頼んだのは醤油ラーメン。700円(2019年当時)。

北海道らしい三食のなると。チャーシューの味も良かった

醤油ラーメン、味噌ラーメン、塩ラーメン。各700円。それぞれ別バージョンの

「昔しラーメン 醤油」「昔しラーメン 味噌」「昔しラーメン 塩」(各800円)というのもあるが、普通の醤油ラーメンでも十分昔ながらの風情があった。

「味の清ちゃん」そのお味は…

味は美味しいの一言。今流行りのギトギト、こってり系でこそないが、ラーメンを食べたいといったときにイメージするあのラーメン。小池さんが食べていたあのラーメン。中華そばという言葉が似あうような透き通った優しいスープにゆたかなコク…といった感じの嫌みのないラーメンの味です。

息子さんと思われる、女将さんよりはだいぶ年下の優しそうな店主さんはそれぞれのお客さんにラーメンを出す際「甘いしょっぱいあったら言ってね~」と必ず声を掛けています。意訳として「うちのおばあちゃんもう92だから、もし何か失敗あったらすぐ作り直すからごめんね」ということなのでしょうが、もちろん誰からもそんなクレームは出てきません。ちゃんと美味しいラーメンが提供されています。

味の清ちゃんはそのレジェンド性の高さゆえに「女将さんの人柄と店内の雰囲気で持っている店で、味は特筆するものでもない」と言う意見もあるようですが、私はこれ系統の味が好きなのか、この味が例えチェーン店で出されていたとしても通いたくなる味です。昭和からの”中華そば”の基本をしっかり押さえていて、美味しくなる秘訣を女将さんの体がきちっと覚えているような、そんなお味でした。

味の清ちゃんならではのこんな光景も

店内に鳴り響く一本の電話。元気なあいさつで電話応対をする女将さん。

女将さん「はい、味の清さんです(店内の案内貼り紙は味の清ちゃんで統一されているが、女将さんは電話の際はいつも「味の清さん」と言っていた)」

女将さん「・・・え?ちょ、ちょっと待ってよ・・・?」

女将さんによると、今から9人でお店に行きたいですが良いですかとの確認の電話らしい。昔からこの店に慣れ親しんできた人たちが久しぶりに集まったので、またあの清ちゃんに行きたいねいう話になったようで。

急に押しかけず事前におばあちゃん女将に確認をとるその9人の人たちも優しいし、それを聞いて「断んな、9人は無理だよ(笑)」と高齢のおばあちゃん女将を気遣って苦笑しながら諭すお客さんも優しい。「3人ずつ来てもらうとかさ」と代案まで出してくれている。お客さんと店の信頼関係が凄い(それでいてご新規さんでも入りにくい雰囲気はない)。

そして(来てくれるのは嬉しいけど9人も対応できるかしら)といった表情で居合わせたお客さんをかわるがわる見ながら思案している女将さんも優しい。全ての人が優しい空間だった。

結局そのあとどうなったか忘れてしまった、女将さんが申し訳なさそうに「来てくれるのは嬉しいけど…9人同時には出せないかもしれない、それでも良ければ…申し訳ないね…」というようなことを言ってたように思う。はっきり覚えているのは電話の最後に「でももし来てくれるなら、どうか(車に)気を付けてきてくださいよ」と、どこまでもお客さんを気遣う姿勢であったこと。レジェンドってこういうことなんだなと。90年以上生き抜いてきた、この女将さんの人柄。

女将さんの歩んできた歴史の分だけ味わい深いスープ。

また、こんな光景もあった。2人の小さなお子さんを連れた女性が、帰りがけ小上がりから幼いお子さんを降ろして靴を履かせていると、女将さんが優しく話しかけていた

「(子育て)たいへんでしょう、奥さん。私も経験あるから分かります…」

女将さんは若い頃屋台でラーメン屋を営み、女手一つで子どもを育て上げたともどこかで聞いたことがある。御年齢から考えてそれは今より60年~70年昔だろうか。いつの時代も子育てというのは大変なのだろうが、当時は今のようにあれこれ便利なシステムや家電が揃う時代でもなく、その大変さは想像に難くないが、女将さんは決して「昔はもっとたいへんだった」なんて言わないのである。どこまでも相手に寄り添うような優しい話し方で「たいへんですよね、分かりますよ」と言われたら、それだけで涙腺が緩んでしまいそうだ。

テント張りの庇は取れてしまっているが、暖簾が元気に翻っている「味の清ちゃん」

そんなお店の人もお客さんも優しさにあふれる「味の清ちゃん」、11時開店ですが13時ともなると大抵の場合完売している。2019年時点でラーメンの提供数は一日20~30杯だった。年々提供できる数は減っているそう。もし開店してるのを見かけたら「用事のあとに」なんて思わず即入りましょう。

コロナ禍以降のお店状況

そしてこの写真を撮って一年しないうちに、世はコロナ禍へ突入。コロナの影響もあってでしょうか、味の清ちゃんはずっと臨時休業の貼り紙。新型コロナという言葉が飛び交い始めた頃(2020年2月くらい)はそれでもまだ営業が続いていたように思うが、それと前後してお店の前に「婆ちゃんが転んであばらの真ん中にヒビが入ってしまい…」という数日休業を知らせる貼り紙もあったので、あれこれ事情が重なっての休業ということになろうか。気付くと休業を知らせる貼り紙は「コロナウイルス等の為、当分の間休業とさせていただきます」といった内容のものに貼り代わっていたので、せめて女将さんのお怪我は治ったものと信じたい。

お店の復活はもちろん熱く願う一方、ご高齢の女将さんのリスクを考えたら女将さんの健康第一で…という二つの想い。このお店は女将さん思いのお客さんが多かったから、みんなきっとこの2つの気持ちを持ち合わせていると思う。なにより御年92歳過ぎても尚お店を立派にやられていたことを考えれば誰よりもお店を復活させたい気持ちがあるのは女将さんご本人であろうとも思う。

新型コロナウイルスは多くの飲食店に多大な影響を及ぼした。ただ今日も、多くの人が味の清ちゃんの前を通るたび、あの優しいラーメンの味と、あの優しい女将さんの言葉の数々を思い出す。

このお店はもはや、札幌のレジェンド。

味の清ちゃんの場所(コロナ禍以降臨時休業中です)