今回の散歩はこちらからスタートです。
琴似工業高校さん。
こちらにバス停(琴似工業高校前)がありまして、そこを降りてからおさんぽスタート。
降りてすぐ、この雪山がきれいでしばらく眺めちゃいました。エベレストみたい。エベレスト見たことないけど。
今回の散歩はとにかくまっすぐ進みます。迷う可能性ゼロ。
ここに畑らしき広めのスペースが残っているのですが、
その向こうにサイロが残っています。レンガ造りの美しいサイロ。酪農時に使っていたのではないかと思う家や倉庫らしきものもあります。現在は酪農以外の木材関係のお仕事に使われていそうな雰囲気です。
もう屋根部分は何年も前からなくなっているのですが、このあたり一帯があそこの牧場の土地だったんだろうななどと想像できます。となるとここには牛がいて、馬もいたかもしれなくて、牧草地が広がり……まるでバター飴のパッケージ絵のような光景が、絵本の世界のような「酪農」の光景が、ちょっと前までここ札幌のあちこちにあったんだと思うと毎回胸が熱くなります。もう札幌市内でそうした光景を見ることはかないません。
そんな貴重な「札幌の酪農の足跡」を見ながらもさらにまっすぐ進むと新川。
この日は車道に押し出されてしまいそうなすごい風で渡るのがやっとでした。途中本当に危なくなって橋の手すりにつかまったりしながら渡りました。
新川は開拓期に人の手で掘られた川で、札幌監獄の囚人の力が大きいという話を聞いたことがありますがまたその辺りは今度じっくり調べたいところです。それにしてもこれだけ大きな川を(当時はまだ川幅が細かったかもしれませんが)ねぇ。札幌監獄からこのあたりは歩いて往来するのは難しいくらい離れています。毎日毎日囚人を監獄からこのあたりまで(そしてここからずっと先までも)移動させていたのか、新川建設組は一ヶ月交代で簡易小屋で寝泊まりしていたりしたのでしょうか。そんなことを考えながらなんとか向こう岸まで渡りました。本当風が怖かった…
北海道大学、北大の恵迪寮の寮歌に確か出てくるのですよね。
「手稲の嶺黄昏こめぬ」
今は黄昏時ではありませんが、冬はこのあたりに陽が落ちます。手稲の嶺というのは改めて見ると本当に険しさがあって美しいです。
やっとの思いで新川を渡るとまた一つ、きっとそう遠くない昔、ここで酪農をしていたはずの建物が。
牛舎の端にサイロもありました。結構最近まで使われていたのか、なんとなく素材がブロック塀ぽくて新しいような気がします。新しいといっても昭和中期でしょうかね。やはり屋根はありません。屋根は複雑な形になるので雪などで損傷しやすいでしょうし、もう使っていないサイロですから修復も難しいですからね。こうして残っているだけでありがたみがあります。
牧場というのはサイロといい牧舎といい本当に素敵な形をしています。用の美とでもいうのでしょうか。周囲をポプラの木や牧草地に囲まれていた頃はもっと美しかったのでしょうね。
さらにその横にはたまねぎ型の倉庫もありました。
現在は別の用途で使われているのか車など停まっていてお仕事に使われている感じがしました。良い事ですね。長くこの地にこの建物が残ると素敵ですね
さらにまっすぐ進みます。先程は琴似工業高校さんでしたが同じ通りに今度は新川高校さんが見えてきました。雪もだいぶ溶けてきたとはいえ、自転車置き場がまだ見事に雪に埋まっていました。
冬に自転車は使いませんから、雪で埋まっていても全く問題はないのです。
新川高校を抜けると目的地の近藤牧場はこのスーパーを挟んですぐです。
ビッグハウス。私はこのビッグハウスとかラルズ系統のスーパーが好きですね。北海道のスーパーで買い物しているぞ、という感じがします(笑)
そしてその向かいに、みえました、近藤牧場!
雪の季節の近藤牧場を見ておきたかったのです。雪が完全に溶けてしまう前に来られてよかった。
この地に、大きく広がる牧草地と、美しい牧舎(牛舎?)、そして二つのサイロ。こんなに美しい光景があっていいんですか!と思います。札幌市のパンフレットの表紙に使ってほしい。サイロは1925年築。牧舎も修繕を繰り返したとは思いますがほぼそのくらいでしょうか。
大正から昭和にかけて、このあたりもまた牧草地の広がる「北海道」な景色が広がっていたことをこの美しい建物が教えてくれます。
二つのサイロのうち、一つは木製ですね。これは非常に珍しいのではないでしょうか。サイロはまだ各地に残っていますが木製のものは私はここでしか見かけたことがありません。木の皮を巻き付けたような雰囲気の素敵なサイロです。
この看板。雪の季節はいませんが、牧草が生える時期になると2頭のポニーが放されています。話ではそれも「ここを見に来る人やこどもたちのため」なんだとか。なんという心ある方でしょう。春以降はのびのびとこの地を歩くポニーの姿が見られ、より一層酪農時代をイメージできるようになっています。
近藤牧場さんは現在もう牧場としての運営はされていないようなのですが、それでもまだかなりの広大な敷地が残っているので牧草はまだ作られているんだと思います。乗馬クラブや競馬関係などに出荷されるのではないでしょうか。
近藤牧場から新琴似駅方向を望む画像
時が止まったようなのんびりした風景の一歩先は、ガストや西松屋、スーパーなど現在らしい景色。画像の一番奥に点のようにコープさっぽろの看板があるのですが見えるでしょうか
矢印でしめした遠くの看板です。ここに広々したショッピングエリアがあるのですが、(確認とった訳ではないですが)この結構離れたところにある広いショッピングエリアも昔近藤牧場さんの敷地だったと聞いたことがあります。となると飛び地であそこだけというのも考えにくいので少なくともあの辺あたりまですべて近藤牧場さんの牧場としての敷地だったのではないかと考えています。昔の北海道の農場っていうのは本当に一つ一つが大規模でした。農場がJR駅1駅区間分とか。なので場合によっては向かいにある広々したスーパーも、近藤牧場の奥にある広い公園も、このあたり一帯全て近藤牧場さんの敷地だったのではと考えたりもします。ここ札幌にも北海道らしい広々した景色が広がっていたんでしょうね。
話を戻しましてこちらの珍しく美しい木製サイロ。
拡大してみますと
しっかりとしたハシゴが見えますよね。
てっぺんにある窓につながっています。
札幌軟石製のサイロもみてみます
こちらにもハシゴ。ほとんどの石製サイロのはしごはこの細い鉄のものなのであまり目立たないのですよね。今まで見ているようで見ていなかったというか、なんならメンテ用のはしごとして見てきたかもしれない。そんな風にスルーしてきましたのでどんな風に使われてきたかを想像してきませんでした。でも今回この木製サイロのしっかりとした存在感のはしごを見たことで、あることに気が付きました。
これぞ大事なはしごで、サイロが縦長の塔のようになっているのはこのハシゴありきなんですよね。今回の散歩で改めて気付かされたことです。「そうか、だからこのハシゴがあるんだ」と思いました。
これ、きっと刈り取った牧草をハシゴで上って上から落としてどんどん詰め込んでいくのですね。そうすることで上までパンパンに牧草が貯蔵できて、重みで圧縮されつつ、さらに発酵して家畜が喜ぶ飼料となるのですね。サイロが空っぽなうちは下から牧草を入れてももちろん良いでしょうけど、ある程度たまってきたらあとはきっとこのハシゴをのぼって上から落とすんですよ。パンパンになるまで牧草を背負ってこのハシゴを何往復するんでしょう、昔の作業は本当にたいへんでしたね。酪農は、もちろん今でもとってもたいへんなのですが。
近藤牧場を取り囲むようにある牧草地も美しかったです。ポプラは相当な樹齢(100年くらい?)になるのではないでしょうか。奥のポプラはそれでもまだ若いように見えますが手前はかなり昔からあるように感じられました
白い柵がいかにも牧場らしくて美しいです。この道を日常的に通る方々がちょっぴり羨ましいような、素敵な道ですね
足元をみるとマンホール。マンホールはやはり雪解けが早い。時計台と鮭のマークのマンホールが一足先に顔を出していた。
となりの焼肉屋さん(牧歌園さん)も場所に合わせてなのか牧場風の作りでした
さて、帰り道です。再び風の強い新川を渡るのですが、
気になるのが新川の河川敷についている足跡。画像のに6個のくぼみ見えますが、一つ一つが人間の大人かそれ以上くらい大きかったです。犬にしてはあまりに大きいのですよね。どんなに大型犬でも意外と犬の足は小さいです。
犬なら飼い主の足跡も一緒につきそうですしね
人でもないし、鹿のようなヒヅメがある形とも違います。熊は冬眠中ですし…
人間はこういう足跡。
新川渡ってすぐにある発寒西陵公園。奥に長く続いています。野球場もあったり遊具もあったり。のびのびと遊べそう。
帰りはまたこのまっすぐな道を帰ります。さきほどのビッグハウスでお買い物もしちゃいました。広いので普通の買い物もなんとなく楽しい。
※近藤牧場さんは完全な私有地ですので牧草地その他敷地内には入れません。美しいサイロや牧舎は歩道から眺めてお楽しみください