新倉屋、館、花月堂…小樽は唾液腺が弾けそうなほどお菓子が美味しい訳|ゴールデンカムイで寄り道さんぽ#39

小樽は和菓子が美味い。「北海道は和菓子に関してはそんなに…」という感想で暮らしてきたが初めて小樽の和菓子を食べた時には驚いた。和菓子は小樽で買うものだと思うようになるくらい美味しかった。きっかけはもちろん新倉屋。そして今はいくつかお気に入りのお店が出来た。小樽はなぜ菓子が美味しいのか。

おそらくこのお店の団子がモデルとなっていると思われる新倉屋。
突き出した看板に「小樽名物 花園だんご」 の文字が見える。その後ろには洋菓子の老舗「館」

小樽花園にある新倉屋の串団子。小樽が繁栄を極めていたまさにゴールデンカムイの時代設定の頃、この通りは繁華街小樽の中でも頭一つ抜けていた繁華街。旨いものが集まっていた場所でもある。

ただし新倉屋は創業は明治28年、この地への移転が明治37年、昭和に入ってから和菓子を扱うようになったのでこのだんごそのものがゴールデンカムイの時代にあった訳ではないが、小樽は鰊で栄えていたので古くから甘味の名店が多くあった。

作中杉元が食べていたのはみたらしに見えるが、商品の名前で言うと現在はこの花園三色だんごが一番近い。

おそらく一度繁華街として隆盛を極めた街には桁違いのお金持ちが多くなるので、必然的に舌の肥えたお客相手の商売となり味のよい店が残るのだろう。小樽の場合はおそらく明治期に隆盛を極めたニシン漁で御殿がたくさん建ち、雇人の流入がたくさんあり、街が栄えウォール街化したことに寄る。銀座に老舗が多いのと似ている。

この小樽「新倉屋」のみならず小樽は人口規模の割に今も多くの和菓子屋があり、それぞれの店にファンがついていて、今も元気に営業を続けている。小樽のみならず、昔鰊で賑わったことのある漁場は当時必ずといっていいほど旨い餅屋や菓子屋があったのだろうと思う。北海道内の炭鉱の町も少しそれに似ていて、古地図を見ていると繁栄時にはお菓子屋さんが多くなる。

さて小樽の新倉屋がある花園通り、今はなぜかこの通りは繁華街の裏通り的な雰囲気で、人も少なく、観光客となるとさらに少ないが、実際歩くと繁栄の面影が多く面白い通り。そして今の小樽の人口規模からすれば信じられないくらい長い範囲に渡り繁華街であった形跡がある

花園通りから入っていける路地。味がある
花園通りから入っていける路地その2。味がある。さりげなく古くからの建物も混じる

この花園通りの先には遊廓もあったという話をゴールデンカムイに登場するお蕎麦屋さんの元建物所有者の方がしている記事をみかけたことがあり、なんとも華やかな時代であった。

さらに余談だが砂糖などの材料がふんだんに手に入り、お客となるお金持ちがたくさんいる環境にあったからか、そして港町だからか小樽は洋菓子もとても早くから発達し、札幌の古くからの老舗(近年惜しまれつつ閉店していしまった名店パールモンドールさん等)も確か小樽の洋菓子店「館」で修業なさっていたはず。小樽あっての札幌洋菓子という部分がある。

新倉屋のすぐ隣には洋菓子の老舗「館」

小樽の老舗「館」は一度閉業したが現在「館ブランシェ」がその味を引き継ぎ、また小樽市内の「パールマリーブ」さんも伝説の老舗「館」で修業なさっていた方のお店だったと思う、昭和感あふれる良店なので小樽にお越しの際にはぜひ。

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