令和の札幌村を歩くその5|雪国用の下駄ていうのがあったんですね

ちょっと別の記事も挟みましたが引き続き札幌村郷土資料館の回です(前回はこちらから)。2階の展示にこんな面白いものがありました

北海道仕様の下駄です。雪下駄、として紹介されていました。

よく見るとスパイクがついているのが分かるでしょうか。冬は滑るので下駄の歯に鋲を打ったわけですね。見るとこの雪下駄は金縁で下駄の裏にも金の装飾がほどこされています。たいへんお金のかかるこだわったつくりをしているこの雪下駄、いったいどんな裕福な方が履かれたのでしょう。

北海道っていうのはあんまり下駄が普及しなかったようなんです。基本寒いですからね。その代わりとでもいうのでしょうか、北海道用の下駄というのが生まれました。雪国はそうでない地域と比べて履物が違うのは今でも同じで、今でも冬になると北海道などの雪国では靴屋さんに「冬靴コーナー」が開設されています。一見普通のブーツとかわりませんが、靴底が滑りにくい構造になっていたり雪が染みてこない素材になっていたりします。

展示されている下駄はどれもふわふわした毛皮など施され、
つま先を覆う部分も革だったり着物に合う生地だったりと高そうです。
よほどの富裕層しか着用しなかったのではないでしょうか

つま先が出ないように「爪掛け」で覆われています。雪の降る季節が長らく続いたあともしばらくはつま先を出すにはあまりに寒いですし雪解けの泥はねを防ぐ目的も兼ねたのでしょう。

少し上から撮影。どれも「つっかけ」ではなく下駄になっているのが分かります

中には畳表が敷かれた下駄もあり、今で言う中敷き、それも保温用敷パッドの役割を果たしていたと思われます。ここまでするのは相当お金がかかりますから、下駄はお金持ちしか使わなかったのではないでしょうか。

考えてみれば北海道の資料館で下駄をみたのはこれが初めてだったような気がします。「つまご」「かんじき」「わらじ」あたりはよく見るのですが。やはり冬が長いというのが下駄が流行らなかった一番の理由でしょう。昔は今より寒かったですし、今でも早いと10月に雪が降ったりゴールデンウイークに雪が降って観光客を驚かせたりしますから、年の半分が冬と考えるとつま先を出す下駄は不向きです。

原野が広がる北海道に道らしい道ができるまでずいぶん時間がかかりましたから、下駄が普及しなかったのは自然なことでもあります。ここ札幌村付近は都心部に近いのでこのような「雪下駄」が一部で使用されこうして残っているのでしょう。

こんなものも面白かったです。雪下駄の隣に一足の靴。

内部が毛皮で覆われています。こちらも雪国仕様でしょうね。それにしても高そうです。そしてこれだけの時間が経過していまでもピカピカ。当時ほとんど使用しなかったのでしょうか。

おしゃれは足元からなんていいますが、昔からお金持ちは足元にお金をかけたのだなと思いました。そしてこの地はたまねぎ栽培の成功で貿易までしていますので、この雪下駄はその成功の証の一端であるとも言えます。