今回は前回取り上げた旧来正旅館の中へ。

旅館の内部には尾形、鶴見中尉ファンにはたまらない場所がある。
そうでなくても昔の建物に興味のある方ならかなり時間をかけてまわりたい場所である。
現在長い事2階に入れないようになっていて(古い建物なので仕方ないが開拓の村は入れない場所が年々増えつつある)、1階の階段におかれたいくつかの写真で2階の様子を伺うだけになっているが、まだ2階も自由に見学出来た頃撮影した画像がたくさんあるのでゴールデンカムイに関連するものをいくつか取り上げていく。
まず一階。

看板には大きく電話七番とかかれ、だいぶ初期に番号をとっていたことが伺える。電話番号が一桁の時代にタイムスリップしてみたい。
一階の様子。


一階は待合所になっていて、(これはそんなに古いものではなさそうなので当時の雰囲気に合わせておかれているのか)大きなテーブルと椅子があり、この場所が旅人の休憩所(軽食なども)を兼ねていたことを今に伝えている。
鉄道待合所 というのもある。

宿主が用意した手書きの時刻表が再現されている。

宿主が用意した手書きの時刻表が再現されている。




1階はあがって見学できる。
少し奥に入ると宿主の部屋になっている。この建物は多くの旅館同様旅館の経営者の居住場所でもある。しかしその建物の造りからいってもプライベートはほぼなかったといっていいのではというくらい、簡素な仕切りのみで泊り客用の厨房や待合所とつながっている。

こちらの待合旅館「来正旅館」が現在置かれている開拓の村内には、鰊御殿もあるので、鰊御殿のヤン衆と親方家族の住居の別れ具合と環境の違い(親方家族部分は豪華)を見てきたあとだと余計にこの宿は良心的経営な感じがひしひし伝わる。二階の客室には違い棚などがあしらわれた良い部屋も用意されている。昭和2年、一泊二食付きさらに昼の弁当付きで代金は1円50銭だったそう。同じ旭川にあって初の洋風ホテルは一泊特等5円、食事が2円50銭とのことなので相当良心的価格。
ところでこの部屋、ゴールデンカムイファン、中でも尾形ファンの方にとってはみてすぐピンとくる場所ではないだろうか。この部屋は幼少期の尾形が母親を殺害した場所でもある。
尾形「だから俺は祖父母が留守のとき
殺鼠剤をあんこう鍋に入れて母に食べさせた」
(第103話 『あんこう鍋』より)
わずかに映っている箪笥や棚、衣紋掛けに下がった着物やその下の台まで同じ。
そして同じこの部屋はヴァシリが白石を撃ったときの部屋のモデルではないかとも思われます

ヴァシリ『出てこい』
『私は死ねなかったぞ』
『あの時の続きをしよう』
(第202話 『狙撃手の悪夢』より)
ちなみに尾形の幼少期の家のもう一つのモデルも同じ開拓の村内に存在し、そちらもあたたかみ溢れる漁師の一軒家なので是非見てほしい建物。
奥には厨房もある。柔らかな陽が入り込みあたたかみのある光景になっていた

宿泊客用とおもわれる御膳と瓶ビールが見える。奥には木の御櫃。
いい匂いがとどいてきそうな空間。そしてなんとここもゴールデンカムイに登場する。土方一派がアジトを寺に変えた時の寺の炊事場のモデルです
牛山「おお……尾形がカモ獲ってきた」(第243話 上等兵たち)
そして、現在あがれない2階の様子

2階にはマネキンの宿泊客がいて、当時の世間話をしているのでなかなか面白かったが内容までは忘れてしまった。

ふかふかのふとんと菓子鉢、泊まるには十分な設備。





少しずつタイプの異なる部屋がたくさんあった。
そしてこちらが鶴見中尉の私室のモデルとなった客室。

インカラマッ「ワタシ顔に傷のある男性に弱いんです」
鶴見「うんうん そうかい・・・
コタンにいる谷垣という男を利用しなさい
そろそろ足の具合も良くなっているはずた(第76話 『カネ餅』より)

違い棚があり、掛け軸も掛けられていたであろう上等なお部屋。鯉登が鶴見中尉に会う時など、何度か登場する。
今回はここまで、また次回是非ご覧ください



“いよいよあの旧来正旅館に潜入ッ!!|ゴールデンカムイで寄り道さんぽ#16” への1件のフィードバック
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