難読玉垣4連発!古地図になにか手掛かりはあるか|すすきのにある豊川稲荷札幌別院の玉垣に遊女の名が刻れているらしい_その15

例によって前回からの続きです。

今回は(自分には)難しくて時間がかかりました。時間をかけたので解読でき…た訳でもなく、現在進行形で勉強中です。(お詳しい方、情報お持ちの方、いらっしゃいましたらトップページからツイッターでご享受ください)今回は4本一気にご紹介。

動画派の方はこちらも合わせてご覧ください。5:00あたりから玉垣を読み始めております。記事はこの下に続きます

一本目

今回一本目の玉垣。最初の二文字がとくに分かりません。下は治老エ門か

一文字目から分かりません。二文字目も分かりません。これ古文書習った方なら一秒で読めそうな気もするのですが私には分からず…サンズイだと思い込んでなんとか調べていましたが…「」にも似ていますが、そうなると二文字目が原で清原(この苗字の商店や妓楼がいくつか遊廓とその周辺に見られます)かなともなりますが、二文字目は原には似ていない。

一文字目はの字にも見えますがそれに続く二文字目を古地図とにらめっこで探しても見つかりません。

この当時一番大きな料亭に、なんといっても「いく代」という店名がありますが、その程近くに「福井」という料理店もありそちらもいく代とは差がありますが、かなりの大きさです。遊廓にあった「西之宮」と競るくらい大きい。なので福井の玉垣かなとも考えました。西之宮が後に大きな劇場「札幌座」を建てたことを考えると福井だって玉垣くらい余裕でだせたのではないかなあとも思うのですが、どうしても二文字目は井のくずし字には見えません。この文字もちょっと謎

とりあえず下の名前は今のところ治老エ門と読んでいます。男性名ですね。

この玉垣はなんとなく薄野遊廓の関係者ではなく周辺の名のある方という可能性も高いのかなと考えています。

二本目

今回二本目の玉垣。丸山は間違いなさそうです。今のところ丸山大次郎と読んでいます。丸山という苗字は高砂楼主始めこの辺りに実在する苗字なので、高砂楼の関係者かは分かりませんが、この玉垣も遊廓関係者ではなく周辺の名のある方の可能性高しです。丸山質店とかも近くにあったようですし。

最初の丸の文字、九にも見えますが、高砂楼主の玉垣も同じように丸の点がかなり上の方に入っているのでそちらを参考に丸山としました。九山の可能性もちょっとありますね。なぜなら玉垣は軟石なので後から傷がつきやすいのです。

三本目

池田〇四郎。→で赤く示した文字が分かりません。なんと読むのでしょう。これも今後の課題。ただ間違いなく男性の名前ですね。四と郎の間が少し空きすぎているような気もして会っているか気になりますが、隣の金四郎という文字も郎の最初の点が削れると結構間が空くのでそのせいで間が空きすぎているように見えるのだろうと考えています。

四本目

岡部金四郎

一文字目は岡田楼の時と同じ文字なので岡と読みました。一応動画内では岡部金四郎と読んでいます。こちらも男性名ですね。

今回は以上の4本。

なんとなくこの4本は遊廓以外の名のある方なような気がしながら読み進めております。4名とも男性で、活躍していた分野ははっきりしませんがなんにせよこの周囲の実力者だったのは間違いありません。

今回も遊女の名前というものではありませんでしたが~エ門、大次郎、金四郎といった響きに明治のリアルを感じることができました。軟石でなければもう少ししっかり残っていたような気もするのですが、古い玉垣が石で残っているケース自体がそうないので貴重ですね。他のお寺や神社含め、木で残っていたけど火事で焼失…というケースはとてもたくさんあるのでしょうね。

次回に続きます


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